【噂】芸能人の裏側

三沢あけみの配偶者は誰?BSの女王の婚姻状況とサバよみ疑惑を調査

「BSの女王」という異名を持つ三沢(みさわ)あけみさん。
彼女は2024年に芸能界デビュー65周年を迎えた、現役の人気歌手です。

いつまでも若々しい三沢あけみさんは、最近「奇跡の80歳」としても注目を集めています。

そんな彼女に「配偶者はいるの?」「お相手は?」と疑問を持つ人もいるのでは?
さらに、噂の「サバ読み疑惑」の真相も気になります。

今回は、三沢あけみさんの配偶者に関する情報や離婚の真相、サバ読み疑惑など、知られざる人生を徹底調査しました。

三沢あけみの配偶者は誰?

三沢あけみさんは1977年の離婚以降、ずっと独身を貫いています。

前夫との結婚は1970年、彼女たちが25歳の時でした。

お相手は三沢あけみさんの後輩歌手にあたる勝三四郎さん(本名・唐木沢康光さん)。
しかし、前座歌手だった唐木沢康光さんの知名度はあまり高くなかったようです。

そんな前夫との結婚について、三沢あけみさんは次のように語っています。

結婚は25歳のときです。相手は同じ25歳の後輩歌手。「前座歌手との結婚」に踏み切るには勇気が必要でした。亡くなった父が、生前「女は25歳までに嫁に行くこと。しかし、芸能人はよしなさい」と口癖のように言っていたからです。私も、もし結婚するなら「ごく普通の人」を望んでいました。
そのことを伝えると、「あなたと結婚するためなら歌手はきっぱりやめる」と言って本当にサラリーマンになり、その心に打たれて真剣なお付き合いが始まり、周囲の反対を押し切って結婚。
引用元:Wendy

あなたと結婚するためなら歌手はきっぱりやめる」という言葉通り、有言実行を果たした唐木沢康光さんに、三沢あけみさんは胸を打たれます。

しかも唐木沢康光さんの転身先は一般的なサラリーマンではなく「大臣秘書」だったので、非常に優秀な方だったのでしょう。

ふたりの結婚式は「大臣秘書の唐木沢康光さんと挙式した歌手、三沢あけみ」と報道されています。

披露宴は政治家や芸能人など多くの来賓を招き、盛大に行われました。

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三沢あけみさんの父親は銀行員で、「一般家庭の娘が芸能人になるなんてとんでもない!」というような人でした。
子どもたちにも「地に足のついた生活」を望んでいたのでしょうね。
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三沢あけみの離婚理由

三沢あけみさんは、1977年に離婚しています
周囲の反対を押し切っての結婚でしたが、1970年から8年間の結婚生活に終止符を打ちました。

徐々にすれ違いが生じた

離婚の真相について、三沢あけみさんは次のように明かしています。

徐々にすれ違いが生じ、わずか数年で気持ちは離れていきました。「芸能人はすぐに離婚する」と思われたくなかった私は、変な意地があってその後もがんばり通しましたが、流産も経験し、考え抜いた末に離婚を決意。結局、結婚生活は8年で終わりました。
引用元:Wendy

結婚後の三沢あけみさんは、ステージ出演以外の芸能活動を断って家庭優先の生活を送っていました。

一方で、唐木沢康光さんは大臣秘書として多忙を極めていたため、夫婦の溝は次第に大きくなっていきます。

流産の経験

結婚期間中、三沢あけみさんは流産を経験していました

ただでさえ妊娠や流産は戸惑うことが多く、心身ともに大きな負担がかかる時期です。
そんな心細いときに夫婦として寄り添えなかったことが、離婚を真剣に考えるきっかけになったのかもしれません。

離婚後は芸能界に復帰

三沢あけみさんは離婚を機に芸能界への復帰を果たします。
離婚したその年に発表した「わかれ酒」は40万枚を売り上げ、彼女の代表曲のひとつになりました。

ちなみに、「わかれ酒」の作曲家の先生には「あえて明るく歌うことで離婚して悲しんでいるひとたちを元気付けられる」といわれたそう。
三沢あけみさんは離婚で傷付いた心をひた隠し、この曲をニコニコ歌うようにしていました。

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離婚を乗り越えた三沢あけみさんは、「再婚願望はありません。面倒くさいから」と言い切っていました。

三沢あけみ「サバ読み」疑惑の真相は?

三沢あけみさんが年齢をサバ読みしていたのは本当でした。

実は、三沢あけみさんが年齢を偽った理由は「若く見られるため」ではなく、「オーディションを受けるため」だったと明かしています。

オーディションを受けるためにサバ読みした

中学校の夏休み中に、親戚が「東映ニューフェイスの募集があるよ」と知らせてくれたことがきっかけで、三沢あけみさんは芸能界に興味を抱きます。

ところが募集要項には「16歳以上」と書いてあり、当時の「14歳」という年齢がネックになりました。

しかし母親に「お化粧をしたら大丈夫よ!」と言われ、三沢あけみさんは年齢を2歳上に偽って応募します。

オーディション当日、三沢あけみさんは母親たちの協力で精一杯大人っぽく振る舞って審査に臨みました。

お化粧をして、ひとまわり以上年の離れた姉からイヤリングとハイヒール、洋服を借り、中学生だと分からないように努めたそうです。

サバ読みしたオーディションに合格

その後の流れについて、三沢あけみさんはこのように語っています。

そうしたら、合格通知が来ちゃったのです。最終面接ではついに年齢もバレてしまいました。ところが、普通ならここで万事休すですが、「特例として、学校の許可があれば採用しよう」と言ってくれたのです。
学校側に説明したところ、園長先生も「登志子ちゃん(私の本名)は成績もいいし、出席日数さえ守ればいいですよ」と認めてくださり、晴れて東映の女優さんの仲間入りをすることになりました。
引用元:Wendy

最終面接で実年齢が発覚したにも関わらず、三沢あけみさんは学校の承諾を得て、晴れて「特例採用」と「芸能界デビュー」を勝ち取ったのです。

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実は、三沢あけみさんは小学生の頃から歌手デビューを夢見ていましたが「まだ若すぎる」とレコード会社に断られ、諦めていました。
その後勉強に集中して成績を上げたことが、学校からの信頼と承諾につながったんですね。

三沢あけみのプロフィールと過酷なアイドル生活

ここからは、三沢あけみさんのプロフィールと過酷なアイドル時代についてご紹介します。

三沢あけみのプロフィール

三沢あけみさんのプロフィール

本  名 :宮下登志子
生年月日 :1945年6月2日
血 液 型  :A型
出 身 地  :長野県伊那市
身  長 :158 cm
足サイズ :23.5 cm
趣  味 :ウォーキング・スキューバダイビング・ヨガ・水墨画

1959年 東映ニューフェイス合格
1960年 俳優デビュー・テレビドラマ「笛吹童子」の姫役に抜擢
1963年 歌手デビュー・ビクターレコードより「ふられ上手にほれ上手」を発売
同年「島のブルース」で日本レコード大賞新人賞受賞
紅白歌合戦に5回出場した

三沢あけみさん念願の歌手デビュー曲は、残念ながら「お色気ソング」のレッテルを貼られ、放送禁止扱いになりました。
しかし2曲目の「島のブルース」は、デビュー曲の悲劇によって注目を集め、ミリオンヒット。
日本レコード大賞新人賞を受賞します。

それから、三沢あけみさんの芸能人生は激変しました。
Wendyのインタビュー記事では、当時の様子についてこのように明かしています。

あれよあれよという間に忙しくなり、睡眠時間は1日平均3時間。テレビ・ラジオの出演、芸能紙の取材やグラビア撮影に追われて、本当に寝る暇もないぐらい大変でした。ついにはマルベル堂のブロマイド売り上げナンバーワンに。18歳で本物のアイドルになったのです。
引用元:Wendy

この頃、三沢あけみさんのスケジュールは1日中びっしりと埋まっていました。
四六時中マネージャーに監視されるような状況の中、睡眠時間も自由な時間もなくなり、ストレスフルな状態に…。

仕事に穴をあけることはなかったものの、マネージャーの目を盗んで楽屋の窓から逃げ出すことが唯一の発散方法だったそうです。

三沢あけみの知られざるプライベート

いつまでも若々しく、笑顔が素敵な三沢あけみさん。
そんな彼女は自身のプライベートについて、意外なことを明かしていました。

プライベートでは若いころに謳歌できなかった青春を取り戻そうとがんばっているところです。といっても、自分で朝食の支度をしたり、気のおけないお友達と電車に乗って食事に出かけたり、時間通りに来ないバスを待ったり、いわゆる「普通」のこと。今さら情けない話ですが、好奇心旺盛な子どもと一緒で、家電を操作するのもドキドキ、ワクワク、それがすごく新鮮なの(笑)。
引用元:Wendy

三沢あけみさんは18歳頃からアイドル歌手として注目が集まり、不眠不休で仕事に忙殺されていました。
そんな過去を考えると、青春時代に時間が足りなくて体験できなかったことはたくさんありそうです。

三沢あけみさんの表情がいつでも明るく輝いて見えるのは、「好奇心旺盛な子ども」のように、なにごとも全力で楽しんでいるからなのでしょう。

2016年に行われたこのインタビューで、彼女の意外な発言はさらに続きます。

去年古希を迎え、これからも長く歌っていくためには体力も必要と、ジム通いも続けています。数年前はスキューバダイビングにはまって、オーストラリアまで行ったこともあるんですよ。体力勝負と好奇心で、ますますいろんなことに挑戦していきたいですね。
引用元:Wendy

古希といえば、70歳。
多くのひとが「もっと若いうちにいろいろしておけばよかった」と後悔し、新しいチャレンジを諦めてしまう年代です。

しかし、三沢あけみさんは年齢をものともせず「数年前にスキューバダイビングにはまって、オーストラリアまで行った」と話しています。
当時70歳だった彼女が「数年前に」と話していたことから、ダイビングを始めたのは60代だった可能性も…。

体力づくりはお仕事を続けるだけではなく、人生を楽しむためにも重要ですね。

roni
roni
オーストラリアでスキューバダイビングなんて素敵!
きっと素晴らしい体験だったでしょうね!

実はがんの闘病経験がある

いつも明るい三沢あけみさんですが、実は過去に2度がんと闘った経験があります。
1度目は乳がんで、2度目は肺腺がんでした。

どちらもステージ1の早期発見・早期治療だったため、事なきをえた三沢あけみさん。
普段から体の調子を気遣い、健診をきちんと受けていた中での早期発見でした。

乳がんと肺腺がんの摘出手術を受けた彼女は、2022年にゲスト出演した「徹子の部屋」で、次のように明かしています。

「おかげさまで元気になりましたし、私もその中で大変な闘いがあった。世の中の方でがんと闘ってる方はたくさんお見えだと思うし、もしかして私をご覧になって『三沢あけみがあんな元気なら、私も頑張る』って少しでもそんな気持ちになっていただけたらなと思って」
引用元:サンスポ

さらに、「少しでもおかしいと感じた時には、怖くても早めの検査を受けること」を勧めていました。

roni
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実は仕事も忙しくがんを告白しなかったので、乳がんの摘出後は着物を着るのが痛くてつらかったそうです。
そんな闘病期間を乗り越えて、三沢あけみさんは笑顔を取り戻したんですね。

まとめ

最後にこの記事をまとめました。

今回は三沢あけみさんの配偶者に関する情報と「サバ読み疑惑」の真相、プライベートなどをご紹介しました。

いつも素敵な笑顔が印象的な三沢あけみさん。
これまで2度もがんと闘い、80歳を迎えたいまも元気に過ごしています。
そんな三沢あけみさんは昔できなかった青春を取り戻すように、「体力勝負と好奇心」をキーポイントに人生を謳歌中です。

これからも、笑顔が素敵な三沢あけみさんの活躍を応援しています!

roni
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60代の頃にがんと闘ってもなお、ダイビングが趣味だと言える三沢あけみさん。
明るく人生を楽しむ彼女の活躍が、これからも楽しみです!